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大阪地方裁判所 昭和55年(わ)5923号 判決

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中二六〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三〇年六月関西大学法学部を二年で中退したのち、翌年土地家屋調査士の資格を取得し、大阪市内で川崎登記測量事務所を経営していたが、昭和五四年初旬以降は工芸デザイン業を営む傍ら不動産売買の仲介等を行つていたものであるが、かねてより永大産業株式会社(以下永大産業という。)に出入りしており、同社の職員とも比較的面識を有していたうえ、同社が昭和五三年五月一日に大阪地方裁判所第六民事部より会社更生法に基づく更生手続開始決定を受け、いわゆる更生会社となつてからも、裁判所の処分許可を得て同社所有にかかる三重県伊勢市上野町字神ケ岳日向山二一六九番三所在の山林一一万四〇四九平方メートル(以下伊勢の山林という。)を買い受けるなどしていたところ

第一  協進硝子株式会社(以下協進硝子という。)代表取締役板倉祥夫が、同社工場の移転に伴う工場建設用地として永大産業所有にかかる大阪市住之江区平林南之町三五番地の四所在の宅地五八七二・二五平方メートル(以下住之江区の土地という。)の一部を買い受けたい意向であることを聞知するや、裁判所の許可を得て右宅地を買い受ける意図もなく、また裁判所の処分許可が得られる見通しもないのに、右板倉に対し、裁判所の許可を得て右宅地を永大産業から買い取つたうえその一部を協進硝子に売却する旨虚偽の事実を申し向けて売買代金名義の下に金員を騙取しようと企て

一  昭和五五年四月一七日ころ、大阪市南区鰻谷東之町八番地藤谷ビル二階河合商事株式会社事務所において、右板倉に対し、前記伊勢の山林を被告人が永大産業から買い受けることを許可する旨の裁判所の固定資産処分許可書の謄本を示し、「私は永大の物件を買うためこのように裁判所の許可をとつてやつています。今度も確実に裁判所の許可が取れるので払い下げを受けて私が買い取つてからあなたに売りましよう。」と申し向け、更に同月二五日同所において、同人に対し、「裁判所の許可を取つて一旦私の名義にしてから五〇〇坪を分筆して板倉さんに引き渡しましよう。七月一〇日には出来ると思いますが余裕をもつて二〇日に取引しましよう。」などと虚構の事実を申し向け、前記住之江区の土地の一部約一六五四平方メートルを協進硝子が被告人から代金一億六五一〇万九〇〇〇円(契約書作成と同時に前渡金二〇〇〇万円を支払うこと)で買い受けることとし、被告人は同年七月二〇日までに残代金の支払いと引換えに協進硝子のために所有権移転登記申請に必要な手続を完了する旨の不動産売買仮契約書を締結せしめ、もつて、同人をして、そのころまでには協進硝子において右土地についての所有権移転登記を経由できるものと誤信させ、よつてその場で、同人から、前渡金名義の下に株式会社池田銀行豊中支店支店長中上喜久男振出の額面二〇〇〇万円の保証小切手一通の交付を受けてこれを騙取し

二  同年七月一三日、同市西区南堀江一丁目一八番一一号グランドピア道頓堀六〇八号の自宅において、行使の目的をもつてほしいままに、大阪地方裁判所第六民事部書記官藤浪要造の認証にかかる前記伊勢の山林についての同裁判所の固定資産処分許可書の謄本一通を自宅に備え付けの電子複写機で複写して写一通を作成し、その許可事項欄の「固定資産の処分(伊勢市土地)の件」の記載のうちの「伊勢市土地」の文字、申請年月日欄の「五四、一二、一〇」の文字、裁判所の受付印の日付欄の「54.12.10」の数字、許可年月日欄の「五四、一二、一〇」の文字、売却不動産の表示欄の不動産の記載全部、売却代金欄の「一四、〇〇〇、〇〇〇」の文字、仲介手数料欄の「五〇〇、〇〇〇」の文字、仲介業者欄の仲介業者の記載全部、許可申請理由欄の理由の記載全部をそれぞれ砂消しゴムを用いて消そうとしたが十分に消えなかつたため、さらに電子複写機を用いてその状態の写一通を作成し、重ねて前記各欄の文字、数字を砂消しゴムで消してほぼ完全に空白の状態にしたうえ、その許可事項欄の「伊勢市土地」の記載に代えて「住之江区土地」、申請年月日欄に「五五、六、十」、許可年月日欄に「五五、六、十」売却不動産の表示欄に「別紙の通り」、売却代金欄に「四九七、三八〇、〇〇〇」、仲介手数料欄に「九、九四七、六〇〇」、許可申請理由欄に「右物件の売却については此度栗林啓祐より購入依頼があつたので本申請に及んだ次第である。物件之表示大阪市住之江区平林南之町三五番地の四(一)宅地五八七二・二六平方米」とそれぞれボールペンで記入し、裁判所の受付印の日付欄に「55.6.10」と回転ゴム印で押捺し、仲介業者欄に「大阪市西区南堀江一丁目十八番十一号、電話五四一―九〇五二番、川崎総合事務所」と刻したゴム印を押捺したうえ、これを更に電子複写機を用いて複写し、もつて有印公文書である大阪地方裁判所第六民事部裁判所書記官藤浪要造の認証にかかる同裁判所の固定資産処分許可書謄本の写真コピー一通を偽造し、同月一四日、同市南区長堀橋筋一丁目一番一号アークホテル一階ロビーにおいて、前記板倉に対し右偽造にかかる固定資産処分許可書謄本の写真コピー一通をあたかも真正に成立したもののように装つて呈示して行使したうえ、「このようにちやんと裁判所の許可を取つているのであとは手続だけです。」等と嘘を言つて同人をして被告人が前記住之江区の土地の売買についてすでに裁判所の許可を得ており、所有権移転登記手続のみを残しているにすぎない旨誤信させ、よつてその場で、同人から、中間金名義の下に協進硝子振出の額面四〇〇万円及び二〇〇万円の小切手計二通の交付を受けてこれを騙取し

三  同年八月五日ころ、河合敬治、金培銀を介して前記板倉に対し、移転登記手続に要する費用として金三五〇万円を用意して欲しい旨申し向け、更に同月六日、前記アークホテル一階ロビーにおいて、同人に対し、「平林の物件は永大から私が買い取りましたが、税金の関係で一旦他人名義にした上でお宅に移転登記します。」などと虚構の事実を申し向け、もつて同人をして協進硝子において右登記費用三五〇万円を支払えば前記住之江区の土地の一部について所有権移転登記を経由できるものと誤信させ、よつてその場で、同人から、登記費用名義の下に協進硝子振出の額面三五〇万円の小切手一通の交付を受けてこれを騙取し

第二  石見工業株式会社相談役金田秀一こと金培銀が建物の解体工事の受注を求めていることを察知するや、裁判所の許可を得て前記永大産業所有の大阪市住之江区平林南二丁目六番五八号所在の独身者寮「若葉寮」を買い取つたうえ、同建物の解体工事を右石見工業に請負わせる意思もないのにあるように装つて金員を騙取しようと企て、同年四月一七日ころ、同人に対し、前記河合商事株式会社事務所において、「私が永大から若葉寮を買い取つてその寮を解体し土地を分筆して売る予定になつている。裁判所の許可が出たら若葉寮の解体工事をお願いするかもしれない。」旨、同年五月初旬ころ前記アークホテル一階ロビーにおいて、右若葉寮の見取図二枚(昭和五六年押第二四六号の二の1、2)を示しながら「これだけの物件ですが取り壊しが本決りになれば永大に話をしてあげます。」旨、同年六月一五日ころ、自宅から同市北区中崎二丁目四番三五号在日本大韓民国居留民団大阪府北大阪支部事務所に電話をかけ、「いよいよ解体工事ができるようになつたので、お願いできますか。若葉寮は私が買うことに決つている。今手付として三〇〇万円打つておけばお宅に請負いしてもらう。」旨それぞれ嘘を言つて、同人をして三〇〇万円を支払えば確実に若葉寮の解体工事を請負うことができるものと誤信させ、同月一八日、右アークホテル一階ロビーにおいて、同人から、被告人が右若葉寮を永大産業から買い受けるに要する費用等の名義の下に協進硝子振出の額面三〇〇万円の約束手形一通の交付を受けてこれを騙取した

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(確定裁判)

被告人は、昭和五六年四月二四日大阪高等裁判所で詐欺罪により懲役二年に処せられ、右裁判は同年九月二六日確定したものであつて、この事実は被告人の当公判廷における供述、検察事務官作成の前科調書、右裁判及びこれに対する上告審の各裁判書謄本及び裁判所書記官作成の口頭、電話聴取要旨書によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の一、三及び判示第二の各所為はいずれも刑法二四六条一項に、判示第一の二の所為のうち、有印公文書偽造の点は同法一五五条一項に、その行使の点は同法一五八条一項に、詐欺の点は同法二四六条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の二の有印公文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により」罪として刑及び犯情の最も重い偽造有印公文書行使罪の刑で処断することとし、以上の各罪と前記確定裁判のあつた罪とは同法四五条後段の併合罪の関係にあるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示各罪について更に処断することとし、なお、右の各罪もまた同法四五条前段の併合罪の関係にあるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二六〇日を右刑に算入することとする。

(量刑の事情)

本件は、額面総額三二五〇万円にのぼる手形、小切手の詐欺及びこれに関連して裁判所の更生会社管財人に対する固定資産処分許可書の謄本の写真コピーの偽造とその行使の事件であるが、被告人は長年土地家屋調査士等の職務に従事してきた知識と経験、及び更生会社の職員との個人的なつながりを悪用し、用意周到な注意を払つて社会的に最も信用度の高い裁判所の許可書の写真コピーを偽造してこれを詐欺の手段に用いているのであつて、犯行の態様は誠に大胆かつ巧妙であり、裁判所の許可文書等に対する公的信用を著しく傷つけたものといわざるをえず、また詐欺については、四ケ月以上の期間言葉巧みに被害者を欺罔し続けているのであつて、犯行回数が少なくないうえに、被害金額も多額に達しているのであるから、被告人の刑責は重いというほかない。また、本件は、前刑の詐欺事件の執行猶予中の犯行であるばかりか、別件の詐欺事件の公判係属中に敢行されたものであることを併せ考えると、被告人の法規範軽視の人格態度が顕著に窺われるほか本件各詐欺はいずれも常習的なものといわざるをえないうえ、後述のとおり被害者の一人と示談が成立し、被害の一部が回復されているものの、それは被害総額の一割程度にすぎず、その余については全く被害弁償がなされていないのであつて、その犯情も悪質である。

そうすると、被告人が判示第一の犯行を犯すに至つたのは、河合敬治より本件土地の売却を強く求められたことが契機になつているとみられること、判示第二の被害者に対し、内金五〇万円を支払い、残金についても誠意をもつて早期に支払うことで示談が成立していること、被告人は起訴された事実を素直に認め、現在では改悛の情を示していること、本件と併合罪の関係にある別件の詐欺事件についてはすでに実刑判決が確定しているほか、前刑の執行猶予も取り消されることから被告人は本件と併せると今後相当長期間に及ぶ受刑生活を余儀なくされること、その他被告人の年齢や家庭の状況等被告人のために酌むべき事情を充分考慮に入れても主文の刑はやむを得ないところである。

よつて、主文のとおり判決する。

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